第四回国際道教フォーラム発表原稿(早島妙聴理事長) 

高齢化社会に向かう人類未来へ、TAO Life 生涯現役に生きる
『老子道徳経』の哲学と『黄帝内経』、『千金方』に学ぶ

「第四回 国際道教フォーラム」発表論文

一般財団法人日本タオイズム協会理事長
日本道観住持道長
早島妙聴


早島妙聴理事長・日本道観住持道長が第四回国際道教論壇にて論文発表

第一章 TAOの生涯現役

1. 現代社会の急速な高齢化問題

 現代社会は、日本を筆頭として、中国も、そして世界の主要国において、非常に早いスピードで高齢化社会を迎えている。(図2 高齢化のグラフ)日本の内閣府発表による2015年の世界の総人口は73億4947万人であり、総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は1950年の5.1%から、2015年には8.3%さらに2060年には18.1%にまで上昇するものと見込まれており、今後半世紀で高齢化が急速に進展することになる。

 日本においては、2016年9月18日総務省発表の高齢者の数は3461万人で、総人口に占める割合は27.3%と過去最高になり、また女性の場合はすでに30%を越えた。[3]

現在、人口の問題点(図1 世界人口の動向等)、そして高齢化社会の問題点は、社会を支える若い労働人口の減少による生産者の減少と、その人々によって支えられる高齢者の人口比率が急速に高まってゆくことへの危機感である。そして高齢になると、人は寝たきりになったり認知症になったり、一人で生活できなくなることを大前提として、出生率の下がった日本では、少ない元気な若者で、どうやって支えてゆくのか、ということが問題となっている。(図2 世界の高齢化率の推移表)

 自分の家族なら、自宅で手厚い介護をして、最後を笑顔で看取りたい、と願う人も多いだろう。だが、現実的には自分自身やその子供を、日々の労働によって養いつつ、さらに両親を介護することは、非常に大変なことである。そこで、次の選択肢として、良い介護施設をみつけることであるが、金銭的な苦労もあり、高齢者がますます増える日本では、運良く最適の環境の施設をみつけられる人は少ないと考えざるをえない。

日本ではそれらの苦悩を誰にも打ち明けられずに精神的な限界に達して、介護につかれて無理心中するとか、親を殺すといった、本当に気の毒な事件も発生している。そこに至らないまでも、介護を経験した人や、またこれからそのような時を迎える人達の多くが、そういった事件の加害者に対して、その心を思うと、まさに自分も同じであると、共感を感じていることは、その事件が悲惨であるだけに、現代社会の大きな問題であり、課題であることをあらわしているのである。

 

2. 高齢化の原因
 

ではなぜこのように急速に高齢化が進んでいるのだろうか。
 世界の国々において、同様な原因が考えられるであろうが、データの正確を期すために、まず日本において考えてみよう。
 2014年度の内閣府の資料[4]によると、高齢化の原因は以下の2つである。

(1)死亡率の低下による平均寿命の延伸
(2)少子化の進行による若年人口の減少

 (1)については、生活環境の改善、食生活、栄養状態の改善(食料の増産と保存が可能となった)そして医療技術の進歩等により、乳幼児や青年の死亡率が大幅に低下したためである。また第二次大戦から71年、戦争のない平和な時代が続いたことも大きな要因である。 



3. 高齢化社会への回答をさがす

 高齢化社会の問題は、少子化により若い人口が減っていることが大きな原因であるという考えから、日本でも、高学歴になった女性が働きながら子供を産み育てることがしやすい環境整備が望まれる。たしかにそれは幸せな社会をつくるための一つの方法とはなるだろうが、それだけで、解決することだろうか。つまり高齢化が顕著だとしても、出生率をあげて、人口を増やすことが本当の解決策になるのだろうか。
 より大きな視野に立てば、すべては、天地自然のバランスにあり、地球上に住む人類が、どのくらいの数であると、この自然と調和するのか、という根本的問題が大きく関わってくるのではないかと思うのである。 

 現在地球は人口が増え続け、地球の未来を考えたときに、エネルギーも、食料も、そして水も、確実に不足してゆくことが考えられる。それを思うとき、人類未来のゆくべき道は、まず出生率をあげることで解決しようとすることでなく、天地自然の調和に添って生かされることこそが答えなのである。つまり人間の小さな視点に立たず、もっと大きなTAOの宇宙の視点にたって、物事を見、判断することが必要である。  高齢化社会のもつ問題点だけでなく、人類がすでに破壊してしまったこの地球環境が我々に与える多くの試練の中で、学び受けいれ、修業してゆくことが、今の時代を生きる道なのだと思う。

 これまでの記録をはるかにこえる豪雨や竜巻、高温や豪雪。そして交通機関の発達により、世界に一気に広がる不安をもつ重篤な感染症。それらの脅威の中で、冷静にそれらを見つめて、「道」TAOに戻り、学びなおす時が来ているのである。

 そのような人類がおかれた状況を、天地自然の視点から俯瞰したときに、今目の前の高齢化社会に対してすべきことも、自然にわかってくるのである。つまり、「道」TAOへ立ち戻ることである。「道」TAOは古代中国に発見され、研究され、老子を中心におく無為自然の哲学であり、そして、その哲学を実践するための身心の修練法や養生法が研究され、残されてきている。これらの貴重な人類の叡智は、現代においても、非常に新鮮である。いや、西洋医学や、西洋文明の考え方が主流となっている日本においては、さらに新鮮であると言えるだろう。

今こそ「道」TAOを広める時が来ているのである。 



4. 『黄帝内経』に学ぶ
『黄帝内経』上古天真論篇[5]に、次のように書かれている。
 黄帝曰、余聞上古有真人者。提挈天地、把握陰陽、呼吸精気、独立守神、肌肉若一。 故能寿敝天地、無有終時。此其道生。
 中古之時、有至人者。淳徳全道、和於陰陽、調於四時、去世離俗、積精全神、 游行天地之間、視聴八達之外。此蓋益其寿命而強者也。亦帰於真人。
 其次有聖人者。処天地之和、従八風之理、適嗜欲於世俗之間、 無恚嗔之心、行不欲離於世。被服章、挙不欲観於俗。外不労形於事、内無思想之患。
以恬愉為務、以自得為功、形体不敝、精神不散。亦可以百数。
 其次有賢人者。法則天地、象似日月、弁列星辰、逆従陰陽、分別四時、 将従上古、合同於道。亦可使益寿而有極時。

 上古の時代に「真人」と称せられる人がいた。彼は天地の造化の機をかかげもつことができ、陰陽の変化の規律を掌握し、精気を呼吸し、独り他の人々と異なっていた。精神は体内を守り、形体肌肉と終始一つのようであったので、その寿命は特別に長く、天然を尽くし全うすることができた。これは彼が養生の道を掌握していたことによるのである。

 中古の時には、「至人」と称せられる人がいて、高遠で深い道徳性を備え、よく整理された養生法をわきまえていた。陰陽の変化に調和し、四季の気候の変化に適応し、身体を保養して、世俗の正しくない生活から離れていた。精気を集め 神気を会わせ、宇宙の間に悠然と遊び、その視覚、聴覚は八方の外まで開け通じていた。このようであれば、寿命を延ばすことができ、身体を強健にすることができる。

 その次には「聖人」と称される人がいて、天地の間の調和した気に安んじて住み、八風の法則に従うことができた。好みは世俗の習慣に適用させ、悩み怒りむさぼり悩むといった感情の変化がなかった。行動は世俗を違わず、着るものにしろ、挙動にしろ、俗衆にひけらかすことはなかった。外では肉体を疲労させ過ぎるようなことはなく、内では心の負担になるようなことをせず、すべてやすらかで楽観的であるのを勤めとし、足るに安んずることを前提としている。それゆえに彼の肉体は衰えがたく、精神はすりへりがたく、やはり百歳まで生きることができた。

 さらにその上「賢人」と称される人がいて、天地、日月、星辰などの運行の自然の法則をよりどころとして、陰陽の昇降の変化に適応し、四季を分別して身体を調え養った。上古の真人の行動をまねて養生の道理に適応したのである。それゆえ、また寿命を引き延ばすことができたものの、限界があった。[6]

 ここには、真人、至人、聖人、賢人というTAOの宇宙の気に調和した、卓越した人々の生き方を紹介している。ここに語られていることを、単なる古代の物語ととらえるのでなく、真剣に学ぶことにより、現代の養生の指針を知ることができる。



5. 人類の生存能力と文明
 

そして人類はこれまでも、多くの災害や寒冷化、温暖化などの中を生き抜き、現代のように、文明の利器を使って、その環境が人体にあたえる影響を最小限にする力など持ち合わせていなかった時代から、ずっとそれを乗り越え、生き抜いてきているのだ。我々の祖先が生き抜いてきた、その力や経験は、我々のDNAに引き継がれていることを、まずは忘れてはいけない。

 また、現代文明により守られた日々の生活は、寒い日にも暖房が、暑い日には冷房が、私達の生活を快適にしてくれる。こういった便利さは、高齢者が温暖化の時代に生きるために、大きな助けにもなるのである。だが、やはり基本は、この便利な社会にあっても、人体の自然治癒力を衰えさせず、楽しく健康な人生を送るために、我々が次の一歩を進む道は、「道」TAOに戻り、気をトレーニングすることにより、自然治癒力を取り戻すこと、これが最高の解決策である。

 確かに便利な道具をつくり、高齢になっても、それを利用して楽しく生きるというのは、良い方法であるが、これからさらに、科学を発達させて、より高度な技術を開発したとしても、それは人類の自然治癒力を高めることなく、逆に科学の力で補えば補うほど、自然治癒力や生き抜く本来の肉体の力を弱めていることにも気づかなければならない。

科学と人間本来の持つ力の陰陽調和、バランスが最も大切なポイントであることに気づく時が来たのである。今になって科学を全面否定することなど、だれも考えないだろう。 だが西洋的な科学技術を利用して、ロボットや、装具などを使い身体能力の不足を補えたら、便利であるし、ありがたいことではあるが、それ以上に、まずロボットや装具を使用しないで、自分の力で楽しく暮らせる健康寿命を延ばす、という考えを忘れないことが最も大切なのである。



6. 不便だからこそ、保たれる人体の能力

 そして科学技術を頼る思考方法だけでは、われわれ人類の肉体を更に弱らせる可能性があり、本来持つ、さまざまな能力を失わせてゆくことになることを常に意識すべきである。 不便であることのおかげで、人間はこれまでさまざまな、工夫や努力をしてきた。  双眼鏡のないアフリカに住むマサイ族は控えめな数値でも6.0、7.0の視力を持ち、時には10.0の視力が計測定されたこともある。1キロ以上先のものすら、はっきりと見て、その日の食料を獲得することが出来るという能力が、アフリカの広大な大地で生きるために必要とされるために、その視力が磨かれたと考えられ、都市部に住むと、だんだん視力は衰えてゆくのだそうである。こういった事実は日本でも驚きをもって報道された。

これらの事実は、人間はその能力をもたなければ生きられない、というぎりぎりの環境におかれた時、その能力をさらに高めて適応してゆく力がある、ということの証明でもあるのだ。

   

7.  「道」TAOへの回帰である

 古代中国には「道」TAOがあり、そして非常に研究が進んでいた。そして若さを保ち、生涯現役で生きるためのさまざまな方法が工夫されていたのである。現代の人工的都市に生活していても、肉体を無為自然に戻すことによって、本来の自然治癒力を取り戻し、若返るという、この通常では考えられない逆字訣ができるのが、TAOの気の修練法であり、養生法なのである。

 それらの遺産を、この現代社会に甦らせ、弱った人間の潜在能力、気の力を取り戻し、自然と調和し、この大宇宙と調和して生きることを、再教育することが大切である。

 そして生まれてきた人は必ずいつかは死ぬ。その死を忌み嫌い、恐れることなく、今、目の前の人生を後悔なく生き抜く無為自然な生き方こそが、生涯現役で死ぬまで楽しく明るく生きる秘訣でもあるのである。

気の修練法と、無為自然のTAOの生き方の実践は、目の前の人生の健康度をさらに上昇させ、よりクオリティーの高い人生を与えてくれる。さらにその修練法 養生法は器具やスポーツ施設を必要とせず、自宅でできて、簡単であり、高齢者もすぐ実践できる簡単な導引もあり、まさに高齢化社会の生涯現役にとって最適な方法なのである。




第二章 健康寿命を延ばすTAO
1. 高齢化の日本は健康寿命世界一

 世界保健機関(WHO)が2000年に概念を提唱した健康寿命(Health expectancy, Healthy life expectancy)という概念は、「日常的、継続的な医療、介護に依存しないで、自分の身心で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のこと」という定義である。生涯現役の現状を検討するのに、役に立つ数字であるので、ここに表を紹介し、検討してみよう。

WHO のWorld Health Statistics 2016 (世界保健統計2016)に掲載されている各国の健康寿命の表を見てみると、日本は世界にさきがけて、高齢化社会に突入しているが、また健康寿命の世界ランキングで74.9歳と一位である。[7][8]これはすばらしいことである。(図3 WHOの健康寿命の表)さらにこの74.9歳というこの数字は、日本の介護保険などを利用して日常で週1日とか2日とか専門家の介護を受けることの出来る、要介護と認定された人達の数字とは全く違うということを知っておく必要がある。現在75歳以上で要介護と認定された人の人数は75歳以上の人口の23%である。つまり77%の人は他人の介護をうけずに、もちろん家族の助けはあるかもしれないが、ほぼ健康に元気に暮らしているということになる。



2. 認知症への警鐘

 だが、高齢者人口が増え続けているということは、やはり非常に大きな問題をかかえている。それは認知症の問題である。高齢者となった晩年に自力で生きるために、非常に大きな障壁となるのが、認知症である。国際アルツハイマー病協会(ADI)は、2015年「世界アルツハイマー病レポート2015」[9]を発表した。このレポートは、英国のキングスカレッジ・ロンドン国際高齢者・認知症ケア研究所のマーティン・プリンス教授らがまとめたものだ。

 現在、世界で年間990万人が認知症を発症し、3.2秒に一人が発症している。世界の認知症人口は、2015年、4680万人と推定されているが、2030年までに7470万人に増加し、2050年までに一億3150万人に増加すると予測されている。  しかも、新たに認知症と診断される患者数は、日本を含むアジア地域が490万人で全体のなんと49%を占め、最も多い。この原因について、ぜひご参加の諸先輩の皆様に、ご意見アドヴァイスいただければ幸いである。

 一つ原因と考えられる点として、後に述べるインターネットによる思考力低下(デジタルデメンチア)の影響があるかもしれない。日本を含むアジアの国々では、インターネットの依存率が非常に高いというのである。アジア以外の地域では、アジアについで欧州の250万人(25%)、北米の170万人(18%)、アフリカ地域が80万人(8%)と続く。

 このアルツハイマー病がやっかいなことは、自力で人生を生きることが非常に困難になることである。つまり生涯現役を実践し、自力で生きることが出来なくなるのである。そしてそこに発生する介護の費用とまわりの家族や見守る人の苦労は、このスピードでアルツハイマー型認知症が増加してゆくとしたら、想像を絶する状況になる。 

この病気も、やはり気の停滞によって引き起こされるものであるから、身心の気を高め、流れをよくして、できるだけ自然のリズムに添って生きることで、その発生を抑制することが出来るはずである。そして、ここでも気のトレーニングが非常に重要になってくる。 発生後の気のトレーニングによる改善、また さらに、発症する前に、若いころから気のトレーニングを重ねることとあわせて、文明の利器だけに頼らない、自然な身心を天地自然の中で生かして生きる、TAO Life、これを実践することは、非常に有効であろう。 



3. 若いころから養生をこころがける
 

中年を越えると、友人や仲間が集まった時の話題は、決まってまず病気の話、不調の話ばかりで盛り上がるという。そしてそれぞれが、痛みや不調の話に花が咲き、医者に行った、検査をした、入院したという話題にことかかないという。また若年性アルツハイマー病も最近ではよく聞かれるようになった。現在では、日本全国で3万7800人といわれている。

 老年だけでなく若年性の認知症についても、我々は真剣に注目する必要がある。

 ドイツの精神科医である、マンフレド・シュピッツアー教授によると、スマートフォンやパソコンなどのデジタルメディアや、インターネットは、人間が向き合う、関心のある出来事を調べたり勉強したりする時の処理水準の深さを低下させ、結果として、使う人にマイナスの学習効果をもたらすというのである。[11]そしてパソコンを与えた子供は、その文章読解力や集中力、計算能力が落ちるという結果を報告している。

 これらのことをデジタル・デメンチアと呼び、この影響による人類の能力低下、特に子供の脳形成に与える悪影響をあげ、警鐘をならしている。またアルツハイマーにもつながる脳の精神的下降を指摘しているのである。特にデジタルメディア漬け、インターネット漬けの現代の若者は、要注意であり、それらのメディアやインターネットの情報を使いこなし、コントロールする認識を人間が持たないかぎり、人類未来の精神活動はどんどん低下してゆくことになるであろう。その視点からも、TAOへの回帰、無為自然との調和が強くさけばれなければならない。

日本道観、道家道学院で学んでいる人達は、日頃の身心の修練によってほとんど病気がないので、一般の人達の不健康な話題にふれるとき、気の修練の価値を再確認して感謝するという。実は高齢にならなくても若いうちから、現代人の多くの人が心や体のさまざまな面で不健康なのである。とすれば、年をとってから、学ぶのではもう遅い。若い頃から未病のうちに学び、元気な生涯現役の一生を目指すべきなのである。 



4. 5人に2人が高齢者の時代が来る

前章で紹介した、高齢化社会のグラフ(図2)の未来予測が正しいとすれば、2050年には日本の人口の40%が65歳以上となり、5人に2人が高齢者となるのである。しかも現代の若者は、戦後の好景気の時代、つまり、人々がより豊かに、より速いことに邁進し、物が豊かになった時代であり、産業を発展させ、国を繁栄させるため、頭の教育を重視し、心の教育が忘れられた時代である。したがって、かつての日本のように、親孝行という教育をうけていない、時代である。であるから、これからの高齢者は、数少ない子供に頼ることなく、自力で晩年まで 楽しく自分を生かして仕事をし、そして社会に貢献しながら、生涯現役で生きることが求められる時代となったのである。そしてまた若い人達と互いに助け合いながら、楽しく豊かに共生するには、やはり健康であることが必須である。




第三章 生涯現役に最適の導引

 古代中国に生まれた導引には、簡単で誰でもできる、高齢者にも覚えやすい行法がたくさんある。加えて、注目すべきは『備急千金要方』 [12]である。この書は唐の時代の高名な道士であり医聖である孫思邈(そんしばく)によって撰述された唐代を代表する医方書(七世紀半ばに成立)である。

 孫思邈の生没年については、『旧唐書』方技伝、『新唐書』隠逸伝に収録されており、諸説あって、定かではないが、当然100歳をこえて長寿であったことが確認されている。この『千金要方』は100歳を越えてから書いたともいわれるように、高齢になってから撰述しているので、高齢者に適する導引や養生が紹介されており、非常に学びやすく、現代にもすぐ利用できるすばらしい家庭医学書である。[13][14][15] 我々は、この唐代の医聖、TAOの賢人に、高齢化時代の生涯現役の生き方を、多く学ぶことが出来るのである。

日本道観、道家<道>学院では、老子の思想を幸せに生涯現役に生きる指針とし、さらに黄帝内経やこの千金方をひもとき、老若男女、各年代の学生と共に、人生を豊かに明るく楽しく生きる、生涯現役を実践する道をさらにサポートしてゆきたいと考え、昨年夏より、実際にウエルネスコースを開設し、生涯現役を目的とした指導をはじめている。



1. 備急千金要方に学ぶ

 ではここで『備急千金要方』第二十七章の養生の章に書かれている、生涯現役の秘訣について紹介したい。
 居処法の項目に「毎日必ず気を整え、補瀉し、按摩や導引するのがよい。健康だからといって手を省いてはならず、常に病邪を予防することを忘れてはならない。」とあるように、導引、按摩を推奨している。
 この章には天竺国按摩法、老子按摩法が紹介されている。 

また続いて「第五 調気法」の項目に

 
「彭祖(ほうそ)曰く、道はわずらわしきにあらず。ただ衣食、声色、勝負、曲直、得失、栄辱などを考えず、心に煩わしきをなくし、形に極なく、それに加えて導引の法をやめることなく継続させれば、千年もの長寿を保つことができる、と。しかし人は考えることをやめることはありえないので、徐々に行うしかない。」
 

つまり日常を質素にすごし、社会生活における利益や地位、名誉といったものに執着しない、無為自然の生き方をし、導引を続ければ長寿になると教えているのである。
この書は、他にも健康によい食物や薬効のある漢方を自然の食物とあわせて日常食べる方法なども紹介している。鍼灸や漢方薬についての専門的な治療方法以外の部分で、家庭医学的なことも解説している、すばらしい著作である。



(1) 千金方の日本への伝播

 『千金方』の存在を示す我が国最古の記録は、藤原佐世(ふじわらのすけよ)の『日本国見在書目録(にほんこくけんざいしょもくろく)』(891~897年に成立)で、「千金方 三十一 孫思邈撰」と記されている。日本の最古の医学全集とされる『医心方』にも『諸病原候論』と共に、もっとも引用が多い。その後も、平安、鎌倉、南北朝、室町、安土桃山、江戸時代を通じて、日本の医書に頻繁に引用されている。
そしてこの老子按摩法は、日本の江戸時代に竹中通庵著の『古今養性録(ここんようじょうろく)』の中で、解説がついて残されているので、『古今養性録』について少し解説を加えた上で、「老子按摩法」の解説を紹介しよう。

(2) 日本で江戸時代に出版された『古今養性録』(竹中通庵著 1692年 元禄5年)[16]

 日本の江戸時代(1603~1868)は徳川幕府の治世により平安な治世が続いた。鎖国の時代ではあったが、徳川家康が非常に健康、医学に興味を持ち、自分で漢方薬を携帯し煎じるほど、養生に注目をしていたため、江戸時代は中国の医学書を非常に積極的に輸入し、また理解し、公開し、活用保存しようとした時代である。 
 その流れで、竹中通庵が『古今養性録』15巻を著した。554の書籍と110人の医家の名をあげている。その中で日本道観では導引篇を所蔵しているが、そこに、「導引按摩は中国で始まったものであり、やってみて害はないし、一人旅の時でも行えること、昼夜の区別なく坐っていても寝ていても他人の手を借りる必要がない。また薬を必要とせず、自分の手だけで病苦を治せるのである。救済上の珍宝ではあるまいか!ただ残念なことに精しいことを教える経典がなく、その説を立証する論議の書もなく、中国のように聖人による口伝の法もほとんど無くなっている。私は個人的に病を診療しているところから、今ここに関係文献を採択して提示し、私の意見も付け加えることとした。」と述べている。

 そこには、彭祖の導引、李南豊の導引、華陀五禽戯 李老君の導引、巣氏導引、赤松子導引、坐功二十一術、李老君撫琴の図、太清祖師尊真の形、などなど、たくさんの導引や行気法が紹介されている。[17]



(3) 備急千金要方に紹介される導引

これは、日本道観所蔵の『孫真人備急千金要方』(1588年萬暦戌子序、1659年萬治2)とほぼ変わらない内容なので、そこから天竺国の按摩法(婆羅門法)と老子導引を紹介しよう。

A. 天竺国の按摩方(婆羅門法)

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天竺國按摩此是婆羅門法
兩手相捉紐捩如洗手法… 兩手相重按䏶徐徐捩身左右同
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●両手を握り合わせ、手を洗うように力を入れ、細かくねじり合わせる
(中略)
●両手を重ねて胃部押さえ、身体をゆるやかに左右にねじる
 

上記に書かれているような簡単な動作をすることで、老人にも大いに効果があると説く。  「右十八種は、老人でも日に三回繰り返せば、一ヶ月後に百病は除かれ、奔馬の走るがように、補強長寿、食欲増進、眼は明らかに、身は軽く健康になり、疲れなくなる。」と書かれている。
高齢者にぴったりの導引である。 



B. 老子按摩法

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老子按摩法
兩手捺䏶左右捩身二七徧 … 摩紐指三徧
===========================

●両手で胃部を押さえながら、左右に身体をひねり、十四回繰り返す
(中略)
●指をなでひねること3回

これも非常に簡単である。



C. 老子導引

 あわせて日本道観所蔵の拓本資料に『老子導引』(乾隆丁未三月 1787年)[18]があるのでその内容も紹介してみる。


『老子導引』

十二段動功
★叩歯 歯を三十六回たたく
★嚥津 舌を動かして唾液をため、音をたてて飲み込む
★浴面 両手をよく摩擦して その手で顔を摩擦する
★★鳴天鼓 両手で耳をふさぎ、第二指で中指をおし、中指をはじいて、左右各24回 天鼓の部位を打つと脳の病気が消える

特に、この中の頭をかるく指で打つ鳴天鼓の行については、脳の若返りであり、現在、日本道観、道家<道>学院でのウエルネス(高齢者もふくめた生涯現役をめざす)クラスで指導しているが、年配の人はもちろん、若い人も含めて、パソコンなどを長時間使用して疲れた脳がすっきりし、非常に効果があると、喜ばれている。また良性ではあるが脳腫瘍がある方も、他の簡単な導引術とあわせて行い、悪化することなく、以前よりぐっと体調よく過ごしている。



2. 荘子に学ぶ生涯現役

タオイズムの哲学の根本は『老子道徳経』にあるが、養生については、『荘子』にも非常に多く学ぶところがある。 

『荘子』内篇の養生主篇第三[19]に、こう書かれている

「吾生也有涯、而知也无涯、以有涯隨无涯、殆已、已而為知者殆而已矣、為善无近名、為悪无近刑、縁督以為経、可以保身、可以全生、可以養親、可以盡年」
 

「限りあるもので、限りのないものを求めるのは危ないことだ」と書かれているように、我々の限り在る生命で、心の働きを限り無く使い、追い求めたら危ういことであると教えている。つまり肉体だけでなく、心が動き、求め、つねにあくせくしていたら、結果として肉体も無理をし、身の破滅があるばかりだというのである。善悪さえとらわれず、中の立場で陰陽調和していれば、我が身を安全にたもち、生涯無事にすごすことができ、長生きできる。つまり生涯現役の道はこれなのである。

つまり生涯現役に元気に幸せに生きるには、『荘子』が教えているように、心の修養、養生が非常に大切なのである。また『老子』第十章に書かれているように、「気」を大切にし、赤子の柔軟さをつねに目指すことによって、いつまでも若々しく健康に、生涯現役でいけるのである。若いということは、心も体も柔軟であるということなのである。



3. 老子に学ぶ

 最後にやはり『老子道徳経』[20]の哲学の中で、「気」「赤子の柔軟さ」について説いた第十章を養生、導引につながる要の章として、紹介しておく。

第十章
載営魄抱一 能無離乎 専気致柔、能嬰児乎
 

ここには「気」と「柔軟さ」の大切を説いている。心と体を一つにいだき、身心のバランスを保ち、つまり天の道を守り無為自然の生き方をするということを教えている。そして気というすべてを運行するエネルギーを大切にし、赤子のように柔軟に生きなさい、というのである。まさに、これこそが養生の道であり、生涯現役の楽しい人生を生きる秘訣でもある。[21]

現代人はさらに『老子』『荘子』の生き方を学び、「導引」を学び実践することが大切であり、我々タオイストは、学ぶと同時に、現代に『老子』『荘子』『千金方』など中国に生まれた人類の宝を保存し、正しく伝え、TAOに生きるTAO Lifeを広めてゆくことが使命であると思う。 



4.早島妙瑞学長のご登仙に学ぶ
 

本年の2月6日、日本タオイズム協会会長、道家<道>学院学長の早島妙瑞道長が90歳でご登仙された。直前まで日本全国へ出張指導をつづけ、タオイズム普及に尽力し、仏教の修行も重ねていた道長である。その生涯現役、肉体の完全燃焼の一生が終わる時に隋身をしていた私は、『荘子』が教えるように、人間が死の時を迎えることは、無為自然なことであり、弟子達が嘆き悲しむことではないのだ、というTAOの真理を、そのお姿に学んだのである。

 その美しいご登仙の姿と、直前までの意欲的な指導や人生への取り組みは、まさに言葉にすれば人体の完全燃焼、そして最高の生涯現役とはどんなことなのかを、ご自身のこの世での最期を通して我々に教えてくれたのである。そして、修業を重ねることによって、寝込むことなく、最期までやりたい仕事をしながら、美しく平安な死を迎えることができることを証明された。

 さらに残った弟子達に残されたものは、悲しみやさみしさ、涙ではなく、その姿を手本としてより真剣に修業を重ねる決意であったことは、まさに偉大なる道の師匠のあっぱれな生き方であった。それこそが、本来のTAOの、明るい陽気な無為自然な生き方そのものの実践の姿だったのである。 

 ここに 早島妙瑞道長のすばらしい生涯現役のご一生に感謝をささげ、これから人類未来の幸せのために、世界のタオイストと手を携えて、タオイズム普及に全力を傾け精進してまいりますことを、ここにご参加の皆様にお伝えしたいと思います。 どうぞ今後ともよろしくご指導のほどお願いもうしあげます。 



【参考文献】

一般財団法人 日本タオイズム協会
Japan Taoism Association 

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